日々のこと

精神科医のおもに読書日記

「僕は受け持ち患者さんが亡くなったことありませんよ」

「僕は受け持ち患者さんが亡くなったことありませんよ」

ある日、医者同士で話していたとき、話に割って入った別の医者がこう言いました。

精神科は、患者が亡くなることは比較的少ない。内科外科なら末期癌のかたが急に担ぎ込まれることだってあります。どんな名医だって死は避けられない。

精神科であっても、予知できない死はあります。自殺はもちろん、アルコール依存症で酔っ払った末の事故死、高齢者の誤嚥性肺炎、腸閉塞からの死。死を経験していない、なんて、「僕は経験不足ですよ」って宣伝するようなもの。


「死んでしまった患者のことを覚えていますか」と聴くのは、医療者の態度をはかる一つの良い手段だと思います。極端なケースを設定した質問はいつだって何かを浮き彫りにする。さりげなく日常会話では使えないけど。

その人のことを、自分が殺した、見捨てた、助けられなかった、と思うか。どうしょうもない不慮の死だと弁解するか。まったく無感覚か。言葉だけでは分からない。深い部分。

特に精神科では、助けられなかった患者には、非常にしばしば、その医師の資質が映し出される気がします。


自分に親子関係のトラウマがあって、まだ克服できていなければ、やはり同じ悩みをもった患者を支えられないかもしれない。

医師が病気なら患者を助けられない。でも完璧な人間なんていない。自分には無理だと思ったら、危ないと思ったら、同僚や先輩に助けをもとめたらいい。

そういえば、そんなことを看護学校の授業で強調して話しました。今思えば自分自身の心の奥からの叫びだったように思う。何も医療行為だけに限らず、日々の生活の中で、無力な思いは度重なる。

カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

カズオ・イシグロ忘れられた巨人』が10月14日ハヤカワepi文庫に。まるでノーベル賞を予見していたかのようなタイミングです。

 

民族とその記憶についての物語。その詳細についてはすでに多くの場所で語られていますから、少し趣旨の違う話をします。

 

「問い」から生まれるファンタジー:問題作『忘れられた巨人』をカズオ・イシグロが語る|WIRED.jp

 

旅する老夫婦アクセルとベアトリスが主人公ではあるけれど、旅の途中で出会うサクソン人の戦士ウィスタンやブリトン人の騎士ガウェインにもそれぞれ深い物語があります。そして村を追われたエドウィン少年の成長も大事な柱です。

戦争で足を失い厄介者扱いされている老戦士がいます。村でただ一人彼だけがエドウィン少年の戦士としての才能を見抜く。みなしごでいじめられている彼に対して、「お前は誰もが恐れるような戦士になるだろう」と告げる。

この本は、民族の対立、戦争の歴史、憎悪の連鎖と記憶についての物語ですが、同時にブリトン人の老夫婦からサクソン人のエドウィン少年へ人種を越えて何かが受け継がれる物語でもあります。

MONKEY VOL.13 食の一ダース 考える糧

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『MONKEY vol.13』読みました。

堀江敏幸さんの鍋の話、西加奈子さんのお菓子の話がお気に入り。
村田沙耶香さんの闇鍋的な話は誰が読んでも面白そう。
砂田麻美さんのアイスクリームの話は高度医療を連想させられて気になりました。

ウィリアム・サローヤン

新訳「僕の名はアラム」を読んでから、ウィリアム・サローヤンにはまっています。村上春樹柴田元幸が選ぶ復刊ないし新訳文庫シリーズである村上柴田翻訳堂の一冊。

 

小田扉の漫画 「団地ともお」の世界観に近いっていうか、深い哀しみや絶望が背景にあるんだけど、重くない。シンプルにあっさり書き上げている感じ。

サローヤンの他の代表作「ヒューマン・コメディ」ではもっとストレートに作者の心情が語られています。平和への願い、様々な人種、個性の尊重、日々の生活の葛藤といったこと。「ディア・ベイビー」など他の短編集も読んでいくと、主人公が餓死したり、救いようのないまま終わってしまう話もいくつかあります。

文章は正直、目の醒める名文というたぐいではないです。けれど、とてもシンプルで読みやすい。一つ一つのテーマが胸の奥深くに沈み込んでいきます。

 

 

村上春樹 / レイモンド・チャンドラー / スコット・フィッツジェラルド

村上春樹によれば、レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』は、スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』の影響下にあるそうです。

この2作品は大事なテーマを共有している。「損なわれた愛」。かつて愛した理想の恋人。彼、彼女の美点が損なわれ、あまつさえ、ろくでもない相手と一緒になっている。それでも過去の美しかった何かを確かめたい。取り戻したい。

このテーマは村上春樹騎士団長殺し』にも引き継がれている。そもそも『ノルウェイの森』における主人公と永沢の関係性はジェイ・ギャツビーと語り手ニック・キャラウェイをなぞっていたし、『ダンス・ダンス・ダンス』は『ロング・グッドバイ』へのオマージュを含んでいる。

 『騎士団長殺し』については多くの人が多くのことを語るだろうけれど、今、私が興味あるのは上記のような関連性、オマージュの連鎖。書物上での人類の進化、遺産の継承みたいです。